第2回 スタンダードブックストア 中川和彦さん


中川 和彦

1961年生まれ。大阪府出身。1987年、25歳の時に父親が経営していた、百貨店の書籍売場を運営する会社を引き継ぐ。2006年心斎橋に「本屋ですが、ベストセラーはおいてません。」をキャッチフレーズに、雑貨販売やカフェを併設したスタンダードブックストアをオープン。様々なゲストを招いた魅力的なトークイベントを店内で多数開催している。

スタンダードブックストア

http://www.standardbookstore.com

― 25歳の時にお父様を亡くされて、書籍売場を運営する会社を引き継いだとお伺いしたのですが、その時はどのような気持ちでしたか?

とにかく何にもわからなかったですね。まず会社というものがわからないし。何を思ったかっていうと、とにかく潰さないようにしようと思いました。大きくしようなんて思わないし。借金が結構すごい額あったんですよ。数字を見た時に誰もこんなの引き継がないなと思って(笑)。それだけ覚えていますね。

― 「スタンダードブックストア」というお店の名前の由来はありますか?

無いですね。最初は、トランジットという名前を付けようと思っていたんです。家を出て仕事に行く、学校に行く、買い物に行く。そしてうちのお店を経由して、つまりトランジットして帰ってもらえたらいいなと思って。よくよく考えてみたらゆっくり本を読める場所って家の中にも意外に無いなと思ったんです。別に本を読まなくてもいいんだけど、家に帰る前にリセットできるような場所。一回ゆっくりして、家に帰ったら穏やかな気持ちになれているような場所ができればいいなと思って。でも、トランジットを調べてみたら、あれ?経由じゃないなと(笑)。次に考えていたのがスタンダードブックストアで、本当になんとなくで意味は無いんですよ。

― どのような本屋にしたいと思っていましたか?

一番先に考えたのは、自分達が行きたくなるような本屋にしようということでした。後は自由な雰囲気が出ればいいなと思っています。自由ということは、自分らしさが出る場であればいいなと。自分らしく振る舞えるというか。それは働いている側もそうだし、お客さんもそうだし。イベントで来てくれる登壇者の人もそうだし。皆がリラックスできる場所であったらいいなと。それが本屋の良さだと思っています。


― 店内の本棚作りが素敵だと思うのですが、何か心掛けていることはありますか?

心掛けていることは「発見があるようにする」ということですね。本はスタッフが選んでいて、僕は基本的に何もやっていません。え〜!?って意表を突いて、こんなのがあるの?というような本棚がいいと思っていますね。元々僕は百貨店の中で本屋をやっていて、ベストセラーしか置かない本屋をやっていたんです。その時に文庫をジャンル別にしたいなと思ったんです。普通は出版社別、著者別なんですが、これは効率がいいわけなんですよね。文庫は出版社の決めた順番通りに書いてある一覧表があって、それを見て棚をチェックすると、無い本がわかるんです。売れ筋で欠品している本を補充発注するのに都合がいいツールだからそうやっているだけなんですけど。お客さんにとったら、それが見やすい場合もあれば違う人もいるだろうなと思っていたから、ジャンル別に変えました。例えば、ミステリーの中で著者別とか。女性向けの棚とか。そうしたらやっぱり複数買いが増えたんです。高村薫を見ていたら、宮部みゆきが置いてあって。宮部みゆきを知らない人も出会えたりするなと思って。そういうことが頭の中にあったから、今のお店をやる時に関連付けるというか、自分達なりに解釈した棚にした方がいいなと思って棚作りをしました。

ー 大阪の中心部で本屋をやっていることに対して思いはありますか?

大阪の中心部じゃなくてもいいなと思いますね。大阪の端っこでもいいし。最初は、自分の家の近所の倉庫とか、ショッピングセンターの中で本屋をしようと思っていました 。知人が今の場所を探してきてくれて、ちょっと広いんじゃないかなって思ったけど、これ位いるんじゃないと言われて、そうかなと思ったのがまずかったですよね。ちょっと広すぎました(笑)。でも、ここでやることの良さはやっぱりアクセスがいいことですね。心斎橋や難波の駅から近いので。イベントをやる時でも、皆さんが行ってみようかなと思ってくださるし、それは本当に有難いなと思いますね。

ー 著者の方を招いたイベントを開催されていますが、誰に登壇して頂くかはどのようにして決めていますか?

スタッフが選んでいます。僕は本を触る回数が減っているから、情報が少ないんです。どんな本が出たかはスタッフに聞かないとわからないことが多くて。最近では、出版社の方からお願いされることも多いです。編集者によっては、本が出る度にお願いされることもあって。だからここのお店では、営業の人よりも編集の人と仲良くなることが多いです。それは本屋ではなかなか無いことだと思います。

― 「思い出の一冊」を教えてください。

ジャック・ケルアックの「オン・ザ・ロード」です。読んでいた時の憧れを思い出したり、自由な感じがするんですよね。先日、知人と若い頃に冒険小説を読んでいたという話になって盛り上がりました。ギャビン・ライアルやジャック・ヒギンズ、ビル・プロンジーニ、ウォーレン・マーフィーとか。でも、僕らが読んでいた本ってどんどん絶版になっていきますね。

― 「本屋はなんや祭り」もそうですが、中川さんの周りには自然と人が集まってくるように思うのですが、ご自身としてその理由は何だと思いますか?

人が集まっていないことは無いと思うんですけど、まず思うのはそんなにたくさん集まっているのかなと思いますね。そんなに大したことないなっていうのと、例えばSNSの友達の数に似ていて、ぶっちゃけた話、あの友達って別にそんなに親しくない人もとかもいるじゃないですか。それと一緒で、僕=スタンダードブックストアだとしたら、スタンダードブックストアがなかったら本当に困る人って、どれだけいるのかなとかそんなことをよく考えますね。ゼロから何かをやる時に、僕は実はお金が無いんですよ。だから皆様のご協力を得てやりたいんですと、色々自分のやりたいことを言った時に、それがどのような形かはわからないけど、すごいお金を出してくれるくらい僕に信用力があるのかなって思いますね。
僕は人から、何でも自分でやりますよねって言われて、そうやってきたけど確かに。一人でやれることなんてたかだか知れているなと思うし、57歳になるまでそんなことに気付かなかったのかなと。人の力を借りたらもっと色んなことができて、それが世の中や社会の為になるんじゃないかなってここ最近思ってきました。それをやりたいという思いが強いです。人が集まってきているのだとしたら、それをもうちょっと結集したいですね。結集して皆で形にしたいんですよ。それがもしできたら、他の人もできるなと思って。僕はこんな感じの規模でやりましたけど、小さい規模や、もっと大きな規模でできるかもしれないというモデルケースになったらいいなと思います。

ー 本屋のこれからについてどのように思われていますか?

まず思うのは、街に本屋があった方がいいなと思いますね。ということは、皆にもっと利用されないといけないということですよね。街の中の広場とか公園みたいな感じで、皆が入りやすい場所だったらいいと思います。これからは、一人で住まなければならない人も増えてくるじゃないですか。僕もそうなるかもしれないし。そういう人達も気楽に寄ってこれて、皆が会えるような場所になったらいいなと思っています。皆がやりたいことが実現できる場であったらいいなと。本に関係することでもいいし、そうじゃなくてもいいし。本に関係ないと思っていても、イベント自体を本にすることもできる。だから、本って絶対関わるんだなって思います。例えばここに来たら印刷の相談もできるみたいな。印刷所が横にあったら、ある程度の所までは自分でできる。100部だけ作るとか。本ってもっとマスじゃなくなっていくんじゃないですかね。

ー 本屋をやっていて良かったと思うことは何ですか?

人といっぱい会えたことかな。それは本屋というよりも、スタンダードブックストアをやっていて良かったと思うことですね。百貨店で本屋を経営していた時はたくさんの人に会って、社長さんとか偉い人ともいっぱい知り合いになって、その時は自分は人脈が増えたと思っていたわけですよ。これを自分の店に活かしていこうとか思ってたんですけど、今思えば、あぁ小さな考えやったなって(笑)。
本屋ってすごい変な業界だと僕は思っていて、広大な敷地があってあっちは木が多いよとか、こっちは実は海が見えるよとか、遊び場がいっぱいあるのに、なぜか同じ所で囲いの中で遊んでいるようなイメージなんですよね。スタンダードブックストアをやって、売上高を前の店と比べたら1/10に近くになるんです。なのに、今の方が知り合いになった人は多いし、バラエティに富んでいます。これが本来の本屋の姿じゃないのかと思い出して。

色々な人と会えたこと、これからも会い続けること、更にさっき言ったように、それを結集したらよりおもしろいものや、皆にとってプラスになることを創っていけるような気がするんですよね。ちょっと先が短いけど(笑)。


第2回 中川 和彦さん

思い出の一冊 『オン・ザ・ロード』 ジャック・ケルアック著 河出書房新社

2018年 12月7日 


聞き手 / 写真 / 編集 / 藤川 加弥